こんにちは、木暮太一です。ぼくは長年、商業出版実現のための出版セミナーを主催してきました。これまで数千(もしかしたら1万くらい)の出版企画に目を通してきましたし、ぼくの受講生はすでに数百冊の本を出版しています。

ぼくが教えているのは主に出版企画書の仕上げ方と出版社へのアプローチ方法です。この2点が、世の中で思われているやり方と実際の正しいやり方が大きく違うんですよね。著者と編集者(出版社)のズレを解消しないと、出版はうまく進みません。今日はそんな一例を書きますね。


編集者は探している

編集者は日々、ネタを探しています。一般的に編集者は月に1冊新しい本を出さなければいけないので、常に常に新しい企画を探しているわけですね。そして常に常に新しい著者候補を探しています。

一方で、売り込みも日常的に受けています。本を出したいと思っている人は世の中にたくさんいて、その著者候補が編集者に自分の企画を売り込んでいます。

もちろんその中でいいネタもあるんですが、基本的に外部からの売り込みは嫌がられます。それは「箸にも棒にもかからないクオリティだから」です。ちゃんとした企画であれば、外部からの持ち込み企画でも採用されます。現にぼくの受講生さんはこれまで数百冊の本を「持ち込み」からスタートして、出版してきました。

ですが、編集者が日常的に売り込まれている企画は、かなりダメダメです。ぼくは出版社を経営しているので、企画を売り込まれた経験が多数あります。残念ながら、ほとんどが、99%が、「話にならないレベル」なんです。

※その著者がいけないというよりは、考え方とまとめ方がいけないと思います。ほとんどが「自分の生い立ちを本にしたい」、とか「自社の宣伝をしてもらいたい」とか、自分都合のものです。本は読者がお金を払って買ってくれるものなので、それを忘れないようにしたいですね。

ちゃんと磨いた出版企画を持って行けば編集者は受け入れてくれます。なので、外部からの持ち込みがいけないということではありません。企画は、ちゃんと磨いてから持ち込むようにしましょう。

ちゃんと磨いた出版企画を持って行けば、編集者もちゃんと話を聞いてくれます。でもまだこちらを信頼したわけではありません。この人が著者として「ものになるか」は、まだまだわかりません。

編集者は疑っている

編集者は基本的に著者のコンテンツ量を疑ってかかっています。「この著者は本当に1冊分を書けるだろうか? 1冊分のネタを持っているだろうか?」と疑っています。

というのも、出版が決まっても本1冊分の原稿が書けずにフェイドアウトする著者が少なからずいるからです。皆さんが想像しているよりずっと多いです。出版は決まったけどいざ原稿に向き合ってみると書けない、文字量が足りない、編集者はもっと深い話を書いてもらいたいけど、著者は浅い知識しか持っていなかった、などなど、そんな話がたくさんあるんです。

最終的に著者が途中で投げ出しちゃったので、編集者が代わりに書き上げたという話も珍しくはありません。ぼくの出版社でも、結局著者が1文字も書かず、全部社内で作った本があります。あの時は本当に大変でした。

だから編集者は著者を疑っています。何冊も書いてきた著者であれば、「安心して原稿が上がるのを待っていられる」と感じます。でも初めての著者はいつ音を上げるか、内心不安で仕方がない。

著者は気づいていない

悪意がなくても、「これ以上の書くことがないんだけど……」となってしまい、原稿が進まなくなってしまう著者も多いです。本1冊を書き上げるのは、マラソンに近いです。一方で2時間程度の講演は短距離ですね。短距離を走るのは得意でも、マラソンを走れるかどうかはまた別問題です。そしてマラソンは思ったより底力を求められます。

著者にその底力がないと思われてしまうと、一気に編集者は引いていきます。あとあと逃げられそうな著者からは早めに手を引こうとするわけです。でも、著者はそんな目で見られているなんて思いもしませんね。会って打ち合わせが盛り上がったら、「これで出版決定になりそうだ!」と思っちゃいますよね。でも疑われています。

重要なことは、本当は書けるのに「書けない人」と思われないようにすることです。基本的に編集者は「この著者も書けないかもなぁ」という目線で見ています。著者はマイナスからのスタートなんです。そう疑っている編集者に対して、「私は最後まで書ききれる著者です」とアピールしなければいけない。ここをほとんどの著者はできません。そして出版が実現しない、もしくは自費出版を勧められてしまいます。

編集者には不安に思われていると思っておいてください。編集者と会えたとしても、編集者が面白がって自分の話を聞いてくれていても、編集者はそれでも不安に思って、最後まで書けないんじゃないかと疑っています。

著者としてはその不安を払しょくするように、常に意識して接しなければいけません。