ぼくが出版塾の受講生さんに対して、商業出版のプロデュースをするとき、必ず語っていることがあります。それは「付加価値を考えてはいけない」ということです。

ビジネスを新しく始めるとき、もしくは新しい商品を作ろうとするときに、付加価値をつけようと頑張ってしまう。世の中には、そのようなケースがたくさんありますね。

ぼくは今までいろんな会社に勤めてきましたが、新しい商品を作るときには、
「この商品の付加価値は、こうだ」
「既存の商品に付加価値をつけて、値段を高くしよう」
といった会話がなされていました。

しかしこれが、ビジネスに失敗するポイントなのです。特に、新商品が売れない理由はここが非常に大きいです。

ビジネスがうまくいかない元凶は「付加価値をつける」という発想だと、ぼくは考えています。

なぜだと思いますか?

日本のビジネスでは「付加価値をつけた方がいい」とよくいわれています。ですが、考えてみてください。付加価値の「付加」は、「付け加える」と書きますよね? 「付け加える価値」と書きますよね?

元ある商品にさらに何かを付け加えて、新商品を作ろうとするケースが多々ありますが、その付け加えた価値が、顧客に求められているものだと、なぜわかるのでしょうか?

価値を付け加えることは、何かをするということです。そこにはコストがかかります。
ということは、基本的には値段が上がっていきます。値段を変えないのであれば、付け加えた分だけ、自社の利益が下がっていきますよね。

そして、何かを付け加えるときは、結構大変な労力がかかります。しかし、付け加えたことによって、何がメリットになるのでしょうか? 顧客は、それを望んでいるのでしょうか?

皆さんの家にある、テレビのリモコンを手にとってみてください。1回も押したことがないボタン、ありますよね。ぼくもこの前、見てみました。「何だ、このボタンは!?」と今更にして存在に気付くこともあります。

ボタンの意味がわからないし、そもそも機能が多すぎてなんだかよくわからない状態です。にもかかわらず、新しい商品が出てくると、企業は付加価値をうたい、
「このような機能が新しく付きました」
「こんなことができるようになりました」
と、言っているわけですね。

その商品を熟知している企業側からすると「さらにバージョンアップしたからもっと売れるだろう」と感じるかもしれません。しかし一方の顧客はわけがわからなくなるだけです」。そして、その製品を評価できなくなってしまうのです。

そして顧客がほしいのは、付加価値ではありません。顧客が感じているのは、「新しい機能をつけてくれるのは構わないが、私が今まで感じていた、この不便さを解消するのはどうなったのか」ということです。

「この商品、サービスには、イケていない部分が、まだまだありますよね。私は『こうなったら良いな』と思っています。そちらの話は、どこかが、あるいは誰かが扱ってくれているのでしょうか?」
「私が思っている改善要望を放っておいて、新しく機能をつけましたって言われても、その機能は不要です。それよりこちらを何とかしてほしい」

と思っています。

メーカー側が付け加える価値というのは、メーカー都合というか、メーカー目線になってしまうので、どうしても顧客を置いてきぼりにしがちです。メーカー目線で「新しくこんな機能もできるようになりました。うちの技術を使ってこんな機能を付け加えました」と言われても、顧客にはあんまり意味がありません。

例えば、皆さんがランチを食べるお店を探していたとします。歩いていたら、牛丼屋を見つけました。店員さんが「牛丼はいかがですか?」と声をかけますが、あなたは目の前を通り過ぎます。そこで店員にこう言われました。

「ちょっと待ってください。今だったらこの牛丼にカツ丼もつけますから来てください」

どう思いますか? 行かないでしょう? 牛丼だけで別に良いのに「カツ丼をさらに付け加えるから来てください!」と言われても、「いや、いらないし」と思うわけです。

しかし、これがほとんどのメーカーで行われています。すべてとは言いませんが、この発想をみんなが持ってしまっているのではないかと思うのです。

大事なのは、付け加えることではありません。必要なのは、足りてないところを、埋めていくこと。「埋め合わせ価値」、または「穴埋め価値」です

もう、付加価値という言葉はやめましょう。相手が「これ何とかなんないかな」と思っているところ、まだ不足を感じているところ、そこを埋めていきましょう。こういう発想に変えてみてください。新しいものは、もういりません、十分です。この埋め合わせ価値、穴埋め価値の発想を持っていると、全然違うものができますよ。

良いものを表現するのに、よくシンプルイズベストという言い方をしますよね。
しかし、「デザインがシンプルだから良い」というわけではありません。要は、ほしいものが過不足なくそろっているのが良いのです。

ほしいものが、過不足なく満ち足りている状態、過剰なものも不足も何もない状態。それを、シンプルだと表現しているだけです。単に無味乾燥なデザインを、シンプルイズベストと言っているわけではないのです。

ぼくらが目を向けなければいけないのは、お客さんです。

今、自分たちの商品を買ってくれている顧客が、なお不便に感じているものは何か?
「こうなったらいいのにな」思っているのはどんなところか?

そこを考えてみましょう。そうすることで、僕らは新しい商品を、ほとんど新しい技術・新しい発想がなくても作れます。改良することに目を向けず、新しい機能を付加しようとすると失敗するよ、ということですね。

これは、個人事業主がビジネスをやるときにも当てはまります。個人事業主は、非常に動きやすいのが強みです。船に例えると、大企業は巨大な船ですが、個人事業主は小舟、ボートです。

・小回りがきく
・間違ったら訂正できる
・すぐに改善できる

ぼくら個人事業主の方が、価値の埋め合わせ、穴埋めをやりやすいのです。

新しいものをやろうとするよりも、既存の顧客がどこに不満をもっているかを聞いて、直してください。

そして、ぼくらがそれを聞くのは、既存のお客さんです。新しい顧客に対して、マーケットリサーチだと意気込んだところで、顧客は簡単に本音を言ってくれません。それをやるくらいなら、既存の顧客が「足りてないな」と思うところを聞いてください。不満なら、すぐ出てきます。そこを直してください。それが新しい価値なのです。

ぼくは、この考え方でずっとビジネスをしています。皆さんも、ぜひ一度この考え方を、ビジネスに取り入れてみてください。