こんにちは、木暮太一です。

今回はプロモーションについてです。

まず前提として知っておいてもらいたいのは、『売れるために重要なのは「棚」』――どこに置かれて誰に見てもらうかがすべて――ということです。要は「狙っている読者」というか、見てもらいたい読者たちに、どう届けるか、という話です。

大事なのは、意図した読者に届けること。目立つ場所は良い場所とは限らないんです。そのテーマに興味を持つ読者が来る場所に置いてもらわなきゃ、いくら目立っても売れません。そして、これを考えて本を作っていかなきゃいけないんですよ。実際に編集者と会話するときに、自分のコンテンツの内容もさることながら、「どの棚で勝負しますか?」っていう会話がよくされます。編集者もそれ知りたいんです。

「どの棚で勝負して、誰に見てもらいたいと思っていますか?」

この問いに対してブレずにいないといけません。ここがブレてしまうと、絶対にベストセラーにならないんです。絶対にならないです。

書店の現場はパートさんとかバイトさんとか、いわゆる正社員ではない非正規の方々がメインで今仕事をしてくれています。しかも必要最低限の人数しかいません。その方々のところに1日300冊新しい本が届きます。となると、どうなるか?

中身と照らし合わせておく場所を考える、なんて暇なんかありませんよね。その方々は一瞬で「この本どこに置こうか?」っていう風に決めるんですよ。ぱっと見の印象です。内容を吟味してくれないので、ぼくらが意図したところと違うところに置かれることもあります。そうしたら、いくら内容が良くても売れませんよね。対象読者が違うわけですから。

『嫌われる勇気』は、意図的に棚を選んでいた

『嫌われる勇気』っていう本ありますよね。皆さんご存じかと思います。『嫌われる勇気』を担当している編集者は柿内さんですけど――柿内さんは僕の担当編集でもあるので――いろいろその話をしたんですが……、これがかなりビックリというか、さすが柿内さん! としか言いようがないんですよ。

『嫌われる勇気』って中身はアドラー心理学の本じゃないですか。中身はアドラー心理学だから、放っとくと心理学のところに行っちゃうんですよ。でも、心理学の棚に行く読者は、あの『嫌われる勇気』の内容を欲しているわけではない。

このままだと売れなくなってしまいます。だから、ちゃんと考えて作戦を練っているんです。

「心理学」のところに行ってしまうと、心理の関係の本が読みたい人が集まります。でも実際は『嫌われる勇気』って、別にそういう人たちに読んでもらう本じゃないんですよ。今でこそめちゃめちゃ有名になったのでいろんな方が読んでいると思います。でも最初に読んでもらいたいと思ったのは、「自己啓発に興味がある人たち」だったんです。だから自己啓発の棚に置いてもらいたいんです。
でも放っといたら、「この本はアドラー心理学だから心理学だね」と思われてしまいます。

そこで作戦を考えた。
この『嫌われる勇気』の表紙を見てみて下さい。


『自己啓発の源流「アドラー」の教え』って書いてあるんです。もともとアドラーは『自己啓発の源流』っていう肩書きは持っていないんです。そういう位置づけは誰もしていないんですが、心理学に行ってしまうのを防ぐためにわざわざ『自己啓発の源流』っていう言葉を付けているんですね。

こうやって置いてもらうところをこちらで「操作」しているというか、こちらで主張しているんですよ。この本が対象にしている読者は自己啓発の本を探している人たち。その本がマッチした読者が来るところに置かれて、そしてその場に来たら「ああ、私こういうの欲しかった」って読者が選んでいくわけです。だからベストセラーになるんです。

「内容が良ければ本が売れていく」っていうのはかなり大きな誤解です。当然ですけれども、適切な読者、それを欲しいと思っている読者に見せなければ買ってもらえませんからね。

どうやって、意図したところに置いてもらうか?

ということで、僕らも自分のコンテンツ・自分の本をどこの本棚に置いて貰うか。どこの棚で勝負するか。これを1つに絞って最初から一気通貫して――ここがブレてはいけません。
いろんな棚でいろんな読者に見てもらいたいなんてことは、絶対に考えてはいけません。とにかく1つに絞って、原稿を書くときから表紙のデザインを作るところまで、その人向けにその棚で勝負することを念頭に置いて忘れずに勝負していきましょう。

出版業界の裏事情というかですね、「今までこんなことをやってました」っていう話なんです。
この「棚で勝負する」というのは昔から出版業界変わらない話なんです。
なので適切な棚に置いてもらいたいと言う風にみんな思っていたわけです。
そして今までどういう風に出版社が考えてやってたかと言うと、いくつかやり方があります。

1つめ。『Cコード』です。本の後ろを見るとC-○○って書いてあるんですね。これをCコードって呼ぶんですが、このCコードは何を表わしているかというと、『ジャンル』です。

例えば経済のジャンルってC-0033っていうコードなんですね。そして、C-0033って書いてあるものは経済とか経済学の本だという意味なので、書店員さんが「C-0033なら、これは経済の棚に置くんだな」っていう風に見て判断してその経済の棚に持ってってくれてたんですよ。これは「かつて」の話です。

昔はこのCコードを適切な分類にすることでその棚に行ってたんです。だから編集者もCコードを調べて「この本はどこの棚に置いてもらいたいからこのコードをつけよう」っていうように考えていた。
ただ、今はパートさんとかバイトさんがやっていますし、本の点数が多すぎてこのCコードなんかは見ている暇がないです。

最近では、Cコードの意味を知らない業界関係者も増えてきたみたいです。まぁ、必要なくなっていますからね。Cコードを振らないと本は出せないので、何かしらのコードは確実に振っているんですけど、それがどういう意味を持っているかということをあまり最近は気にしなくなりましたね。

それでは、2つ目です。『スリップのボウズ』です。と言われても、ちょっと意味がわからない感じですね。

スリップとは、本に挟まっている長細い紙のことです。書店で本を手に取ると、本の間に挟まっている紙があるじゃないですか。白くて細長い短冊みたいなヤツ。あれを「スリップ」っていいます。人によっては『短冊』って呼んだりしますけれども、あそこのTOPに丸い切り抜きがあるんですよね。
あれをボウズって言うんですよ。

あそこに、ビジネスの棚に置いてもらいたい本だったら「ビジネス」とかね、「心理」とか「恋愛」とかいう風に書いて、「この本はそこに置いて下さい」っていう主張をしていた時期もありました。
これがどれだけ有効だったかって言うと――あまり有効ではないかな、っていう感じはしますけど。
まあ、書いていないよりはいいんじゃないかな、という感じですね。

これもかつての話です。最近は減ってきました。スリップのボウズも見ないで並べる書店員さんが多いので、書いたところで特に意味がないっていう感じになったんでしょうね。

そして3つめ。『奥付の日付け』です。
これはですね、どこの棚に置いてもらうかということよりも棚に長く置いてもらうための施策です。奥付という部分があります。本の巻末資料のところに出版社の住所とか著者名とか書いてあるところがあるんですね。それが奥付です。

そして、奥付に出版年月日が書いてあるんです。出版年月日が書いてあって、「いついつ発行されましたよ」っていうことを示しているんですけれども、じつはこれ、発売日の日付を書かなくてもいいんです。

出版社が問屋(取次)にお願いして流通を開始する日があります。それを『搬入日』と言いますけれども、奥付に書く発行年月日は「搬入日から前後2週間」だったらいつでもいいんですよ。そういうルールになっています。

奥付の日付をいつにするかは各出版社の判断になるんです。じゃあ出版社は「いつの日付けを付けたい」と思うのか?

かつて書店員さんは置いてある本を返品するときに古い本から返品していた時期がありました。奥付を見て、「これって3ヵ月前に出された本なんだ。じゃあそろそろ返品しようかな」って言うような感じです。また別の本を取り、奥付を見て「ああ、これまだ1週間しか経ってないんだ。じゃあまだ置いておこうか」っていう感じに判断して、置いておく本、返品する本を決めていました。

とすると、奥付の日付けは、できるだけ先延ばしした方がいい。その方が「まだ新しい本」とみてくれていたんです。

搬入日(流通を開始する日)から前後2週間の日付けを付けていいので、MAX1ヵ月の幅があるわけです。1ヵ月の幅。過去に遡った日付けを書いてしまうと、書店に届いた瞬間から「あ、なんかこれちょっと時間経っている本だよね」っていう風に思われてしまう。

一方で未来の日付けを付ければ、その分だけ得するわけじゃないですか。「まだなんかあんまり時間経ってないから置いておこうか」っていう風に判断してもらえるわけですよね。

ということで、奥付の日付けを未来の日付けにする出版社がたくさんありました。これもかつての話です。今はこの奥付も見ないで返品作業をするので、この奥付がいつであろうとあまり関係ない。
っていうかほとんど関係ないんです。
ですが、出版社は今までの習慣というか流れで、搬入日+2週間先の日程を書く出版社が今でも多いかな、と思います。

まあ、こんな感じでCコードとかスリップのボウズとか奥付の日付けに手を入れることで、「適切な棚に長く置いてもらう」っていうことを出版社として長く考えていたわけです。